今日は季節のわりに温かい日曜日。
窓から差し込む陽の光にも、少しだけ春の気配が感じられます。
「釉子!ちょっと来てごらん」
お母さんの声が庭から聞こえてきました。
「なぁに。何か咲いてたの?」
庭に目をやると、つつじの茂みの陰にお母さんの背中がみえました。
うちの庭はどちらかというと和風の庭。
かといって、高級料亭のような趣があるわけではなく、ごく普通の日本家屋についているようなこじんまりした庭です。
お母さんは、つつじの根元に毎年咲く、宿根スミレが好きで、早春にその濃い紫色の小さな花が咲くのを楽しみにしているのです。
「今年も咲いたね」私がそばに行くと、お母さんは、
「うん」と、心なしかうわの空。
「それがね、これを見つけたとよ」と言って、宿根スミレの株の横を掘り返していました。
「土の上に白く見えたけん、掘ってみたら乳棒が出てきた」
それは、焼き物でできた乳棒の先の部分でした。
乳棒はすりこ木のようなもので、乳鉢という白磁のすり鉢に焼き物用の絵の具を入れて、それをすりつぶす道具です。
「ほらね、お父さんのおじいちゃんの名前が書いてある」
青い色の染付で「明治廿年」という年号と一緒に、ひいじいちゃんの名前が書かれていました。
「へぇ~プチ発掘みたいだね」と私がつぶやくと、
「まだ出てくるかもよ。掘ってみようか。」とお母さん。
「お宝が出てくるなら掘るよ」
「これがお宝たいね!」お母さんが発掘品を手のひらにのせて言いました。
「釉子。自分のルーツはお金を積んでも買えないんだよ。ご先祖様が立派なやきものつくって、代々の品物が残っているって凄いことなんだよ。」お母さんは、乳棒の先を私に渡すと、宿根スミレの横の土を平らにならして言いました。
小さいのに、なんだかずっしりと重く感じながら、私は手の中にある絵の具のこびりついたそれを見つめました。
背中にはお日様の光が暖かくさしていました。
「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です