「ただいま」
学校から家に帰ってみると、お母さんはお茶を淹れているところです。
「お客様よ。今からお茶をお出しするから、釉子もご挨拶しなさいね」
お盆に手をのばしながらお母さんが言いました。
お母さんの後ろから覗いてみると、お店に来られているのは数年来のお客様です。
「あらぁ釉子ちゃん?また身長がのびてお嬢さんになって」
明るい奥さんの声が響きます。
今日は奥さんのご主人と、良く感じの似たおじいさんと3人で来られたようです。
おじいさんの方は、私は初めてです。
うちのお父さんは、ご主人とおじいさんとで何やら話し込んでいます。
机には厚いフェルトの布が敷かれて、その上にやきものが数点並んでいます。
おじいさんは黒い眼鏡をかけられていて、そばには白いステッキがあります。
「目が不自由でいらっしゃるのかな」と思いました。
お父さんは「窯変」といわれる抹茶碗を造ることがあります。
とても難しいそうで、何度となく試作をしているのを私は聞いています。
黒味がかった釉薬に、虹のような複雑な色合いが差し込んだり、星のような輝く斑点が浮き出たりしています。
今、布の上に出されていたのは、そのお父さんの抹茶碗でした。
「これがいいですなぁ」
おじいさんは、ひとつの「窯変」の抹茶碗を長いこと両手に抱え込んだ後で言いました。
私はひそかにビックリしていました。おじいさんが選んだ碗は、お父さんが一番良く出来ていると言う碗だったからです。
お客様がお帰りになった後で、私はお父さんに聞きました。
「今日のおじいさんは、どうして一番いい抹茶碗がわかったのかしら」
「あの方はね、手に触れた感覚で出来を分かられるのだよ」とお父さんが言いました。
「手に触れた感覚?」
私は目の前に並んだ碗の一つを手の中に抱え込んで、目を閉じてみました。
「うーん。言われてみれば、しっとりと感じるような気もするけど、はっきりとわかんない」
「ずっと触れていると柔らかく潤ってくる。いつまでも手の中に持っていたくなる。そんな心地よさが、生まれもって優れた感覚の人にはわかるそうだよ。もちろん、やきものを鑑賞する経験をつんだ人も分かる様になるというけどね。」
「へえぇ。あのおじいさんは特別な眼をもった仙人みたい」
私はすっかり感心してしまいました。
おじいさんには長いひげは無かったけれど、秘境の山奥に住む仙人のようなイメージが私の心の中に浮かびました。
「三川内やきもの語り」は
三川内皿山生まれの少女 釉子が語る
やきもの小説です